囚人のジレンマ ~弱小寺院のジレンマ

 「囚人のジレンマ」という理論があります。

 お互い協力する方が、協力しないよりもよい結果になることが分かっていても、協力しない者が利益を得る状況では互いに協力しなくなる、という理論です。

 具体的に例を挙げます。名前にあるように囚人を使ったものです。

 

 二人の囚人がいます。

 どちらも罪を認めていません。

 何とか有罪にはできるのですが、このままでは懲役2年にしかできません。

自白を得られれば、もっと重い罪にも問うことができるとします。

 

 そこで、取り調べの警察官はこのように提案します。

 「もし自白をすれば、無罪にしてやる。自白をしなかったほうの奴は懲役10年だ。

ただし、二人とも自白した場合は二人とも懲役5年だ。」

 

 二人の囚人は、個別に取り調べを受けていて、相手の行動もわからなければ、連絡も取れないという前提で考えてみてください。

 

 囚人全体で考えると、どちらも黙秘を貫いたら、刑期は2+2=4年です。

 どちらかだけが自白した場合は0+10=10年です。

 二人とも自白した場合も5+5=10年です。

 ですから、「囚人チーム」として考えると、黙秘が最適解です。

 

 しかし、自分だけが自白して、相手が黙秘を貫いた場合に無罪になるというのは魅力です。

 また、自分が頑張って黙秘を貫いたのに、相手が自白をした場合、裏切り者の奴が無実となり、自分だけが10年の懲役を食らうのはばかばかしいです。

 そして、心が揺らぎだします。

 

 結果、どちらも自白して、取調官の思うつぼになってしまいがち、という話です。

 

 寺のブログで、なんでこんな話を?と思ったかもしれません。

 

 テレビを見ていると、インターネットで葬儀を依頼できる、僧侶も呼べる、などというCMが流れています。今は無くなりましたが、アマゾンで「お坊さん便」などというものも「販売」されていました。

 

 実際、故郷を離れて、菩提寺とのつながりも無くなった方が、葬儀のドタバタの中で葬儀をしてくれる寺院を自力で見つけるのは現実的ではないでしょう。そういう意味で、葬家と寺との縁を作るシステムは歓迎されるべきでしょう。

 

 一般的には、葬儀を依頼した葬儀社が、親交のある寺院の中から見つけてことが多いのではないでしょうか。ただ、宗派指定となると、地域性などもあり、なかなか見つからない場合もあります。

 そのため、葬家ではなく、葬儀社などの「業界側」が僧侶派遣業者に依頼して手配する場合もありますし、そこをターゲットとしている派遣業者もあるようです。

 

 はい、みなさんも「大人の事情」は察していることと思います。

 そう、紹介料というか、バックマージンのことです。

 派遣業者の場合は、発生するのがデフォだと思います。

 問題はその割合です。

 10パーセント?20パーセント?

 そんな良心的な紹介料ならば、喜んで登録しますよ。実際、色々と話をまとめて手配をする手間を考えると、一定の紹介料は当たり前だと思いますから。

 

 以前、知り合いの寺でお世話になっていたときのことです。

 そこで葬儀をすることがステータス、とされるような「高級」葬儀社からの法務は70パーセントから80パーセントの手数料でした。

 50万円のお布施をいただいても手元に残るのは10万円ほどでした(そこは50万円くらいが最低ラインのところでした)。

 

 10万円ももらえるのだからいいじゃないか、と思うかもしれません。

 勘違いしてほしくないのは、お布施の金額が少ないことに対して不満を言っているわけではないということです。

 15万円のお布施のなかに手数料が5万円含まれているのではなく、50万円のお布施の中に手数料が40万円含まれているということが問題だと言っているのです。

 

 なぜなら、喪主さんは50万円を仏様への「お布施」として納めてくださっているのです。その心を裏切っていることになるのではないでしょうか。

 また、実際には10万円しか寺の懐に入らないにもかかわらず、高額な「名目だけのお布施」を取っていることで「坊主丸儲け」との印象を強め、結果として、寺離れ、仏教離れを誘っているのではないでしょうか。

 

 すべての寺院が、そんなのはおかしい、といって拒絶すれば一番良いのかもしれませんが、自分の寺だけが干上がっていく未来を考えると簡単ではないのは、囚人たちと変わりません。

 

 そんな派遣業者の細々とした法務など歯牙にもかけない大寺院さんにとっては、法務を安売りする同業者の存在を苦々しく思っているかもしれません。

 

 

 囚人のジレンマは、経済活動における値下げ競争のほか、政治分野でも軍縮がなかなかうまくいかないこととか、色々な場面で顕現するそうです。

 

 囚人のジレンマを回避する方法はいくつか考えられます。

 まず、ひとつは信頼関係です。

 互いに、抜け駆けしない、裏切らないと十分に信頼できる関係を作ることです。

 

 他には、罰則を作ることです。

 聞いた話では、特定の地域の、ある宗派は、地域を管轄する支所のお達しで、派遣業者の依頼を受けないように締め付けているとも。これはその例でしょう。

 

 拙寺でも檀家さん以外の法務を受けている、というか受けないと立ち行きませんので、「弱小寺院のジレンマ」は他人事ではありません。

 

 御朱印巡りをするのもよいですが、そのついでに、頼りとしたい寺を見つけて、縁を結んではいかがでしょうか。

 終活でどんな葬儀にするかを決めるのなら、どんな坊さんに引導を渡して送り出してほしいかまでこだわってはいかがでしょうか。

 

 菩提寺がない方は不便なように思うかもしれませんが、メリットもあります。それは、自分で寺を選べることです。

 檀家さんは、いくら菩提寺の住職がろくでもない坊主で、経を挙げてほしくないような人であっても、キャンセル不可ですから。

 

 最近は、お寺も、開かれた場所であろうと色々と努力しています。

 うちも檀家寺ですが、檀家さん以外方も気楽に立ち寄っていただけるようにと、続けているのが月に一度の薬師護摩です。

 

 まずは、寺や仏教との距離が小さくなれば幸いです。