たまに檀家さん以外の方からの葬儀を依頼されることがあります。
大体の場合、真言宗を指定された結果であるのですが、なかには「宗派は問いません」であったり、「○○宗か真言宗か」しまいには「神道か真言宗か」という依頼の結果だったりします。
そういう方の場合には特に、葬儀の法話などで、少しでも真言宗のことを理解してもらえるように意識しています。
しかし、菩提寺をもつ檀家さんであったとしても、「真言宗とはどんな宗派か」を即座に答えることができる方は少ないのではないでしょうか。
ヒントとなるものとして、高野山真言宗の信徒の心構えを示した三信条というものがあります。政党にとっての公約みたいなものでしょうか。
- 大師の誓願により
二世の信心を決定(けつじょう)すべし
- 四恩十善の教えを奉じ
人の人たる道を守るべし
- 因果必然(ひつねん)の道理を信じ
自他のいのちを生かすべし
いかがでしょうか。
密教にたいして、加持祈祷をして奇跡をおこす宗派といった怪しいイメージをもっている方にとっては、至極まっとうな教えであることに拍子抜けしたかもしれません。何より「因果必然」と言ってますから。
一つ目は、堅固な信仰心をもつこと。二世とは現世と来世です。
三つめは、宗派のスローガンでもある「生かせ いのち」ですね。
二つ目の「十善」はつねづね触れてきた「十善戒」のことですので、説明は省きます。
ここでは「四恩」についてだけ簡単に触れておきます。
四恩とは、父母の恩、国王の恩、衆生の恩、三宝の恩を指します。国王の恩については、時代に合わせて「国家の恩」と言い換えている場合もあります。「性霊集」などの著作の中で、お大師様が繰り返し強調されているものです。
最近は「親ガチャ」などという言葉もあり、感謝できないような「毒親」を持った方にとっては、一番身近な筈の親の恩ですら、納得できないかもしれません。
衆生の恩についても、常々「渡る世間は鬼ばかり」と感じている人にとってはしっくりこないかもしれません。
しかし、これらはあくまでも例示に過ぎないそうです。
要は「自分を支えてくれたあらゆるものの恩」という意味なのだそうです。
権利を主張することばかりが上手になり、間違いなく、昔よりも物質的に豊かになったにもかかわらず、不平不満が一向になくならないというのが現代の風潮といえるのではないでしょうか。
この世で「借りた」恩に感謝して、恩を返すことを忘れない「報恩の宗教」。
誰かに尋ねられることがあれば、それこそが真言宗だと説明していただければ間違いないと思います。
※ 寺報「西山寺通信」令和4年2月号の内容を加筆修正したものです。